【アル法ネットレポート】
鳥取県が全国に先駆けて策定したアルコール健康障害対策推進計画

アルコール健康障害対策基本法が施行されたのは平成26年6月。鳥取県議会では早くもその翌月、基本法にからんだ「緊急対策事業」として300万円あまりの補正予算が可決された。9月には関係者による「対策会議」が編成され、4回の会議を経て、平成28年3月に「鳥取県アルコール健康障害対策推進計画」が策定された。国の基本計画より先行する、驚きのスピードだ。その経緯と計画の中身などについて、障がい福祉課で計画づくりを担当した森直樹さん(現・就業支援課)、同課の南家きい子さんにお聞きした。(アル法ネット事務局)

基本法成立前から、すでに動きが始まっていた

鳥取県は人口約57万人と、47都道府県の中で最も少ない。その鳥取県が、なぜこれだけ迅速な動きで、県の推進計画を策定するに至ったのか。そこには、以下の経緯があった。
アルコール健康障害対策基本法案の国会への上程が待たれていた平成25年8月21日、鳥取県では県断酒会が平井伸治知事に面会。基本法の趣旨について説明し、県からも国に同法の制定を働きかけてほしいと要望した。
県議会でも動きがあり、10月8日に同法制定を求める意見書が可決された。ちなみに、同様の意見書を広島県・島根県・鳥取県・山口県・愛媛県・大分県・奈良県・和歌山県・愛知県・三重県・北海道、名古屋市の計11道県1市が国に提出している。
基本法は12月6日に成立。
翌26年6月の同法施行に先立って、5月21日、再び、県断酒会が知事に面会。県に対して、啓発事業の実施と、関係者による会議の立ち上げなどを要望した。
6月25日、断酒会員でもある福間裕隆県議がアルコール健康障害対策について議会質問を行なった。自らの体験も織り交ぜた質問に対し、知事も熱のこもった答弁をした。補正予算を組むこと、そして「国に先駆けて鳥取県の推進計画を作る」との宣言である。
7月4日、県議会で「アルコール健康障がい緊急対策事業」の補正予算304万7,000円が可決された。会議の開催経費が約29万円のほか、予算の中心はフォーラム開催・リーフレット等の制作・新聞広報などの啓発である。

鳥取県啓発リーフレット

鳥取県フォーラムの様子

フォーラムや啓発動画など

26年度と27年度の啓発事業についてまとめておこう。
26年度のポスター・リーフレット・ポケットティッシュは「あなたの飲み方、大丈夫?」と題し、相談窓口の一覧を載せたもの。業者に委託し、保健所・精神保健福祉センター・障がい福祉課が意見を出し合い完成させた。

フォーラムは10月12日、専門医の基調講演、当事者と家族の体験談、映画『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』の上映が行なわれた。
翌27年度の「アルコール健康障がい対策事業」予算は872万円。会議に56万円、フォーラムの予算が大幅アップしたほか、啓発動画の制作費も盛り込まれた。
動画はアルコールの基本的な知識、依存症回復者の体験談、基本法の解説で構成され、DVDを制作するとともにユーチューブで公開した。担当した南家さんはこう話す。
「DVDは県内の病院、高校、医師会、薬剤師会、保健所、公民館、図書館などに350本を配布しました。病院の待合室で流したり、一般に貸し出すなど活用されています」

フォーラムはアルコール関連問題啓発週間がある11月23日に開催。専門医のほか、一般からの参加を増やすため芸能人もゲストに呼んだ。森さんは話す。
「県民の方に会場まで足を運んでもらう工夫が必要だと考え、著名人を呼べるだけの予算要求を行ないました。参加者は増えましたが、アルコールに関連する著名人には限りがあり、今後、人選はどこの地域でも課題になると思います。啓発週間には全国各地でフォーラムが行なわれるため、講師の確保はいっそう難しくなりますね。時期をずらす方法もあるかもしれません」
啓発リーフレット、ポスター、動画は、ここからダウンロードできる。

鳥取県のホームページ「アルコール健康障害対策事業」

県の推進計画策定へ――対策会議の立ち上げ

さて、平成26年9月5日、推進計画案を作るための「鳥取県アルコール健康障害対策会議」が編成された。委員の所属団体は次の通り。

  • 鳥取大学医学部
  • 医療福祉センター渡辺病院
  • 鳥取県医師会
  • 鳥取県病院協会
  • 鳥取県薬剤師会
  • 鳥取県老人福祉施設協議会
  • 鳥取県民生児童委員協議会
  • 鳥取県断酒会
  • 鳥取県酒造組合
  • 鳥取県小売酒販組合連合会
  • 鳥取県飲食生活衛生同業組合
  • 鳥取保護観察所
  • 鳥取刑務所

「人選にあたっては、対策を実施する際にどんな関係者・関係機関が動くことが必要か、従来からネットワークを組んで活動してきた断酒会や専門医の意見を聞きました。このうち薬剤師会は当初の候補に入っていなかったのですが、『抗酒剤や断酒補助薬の処方、飲酒問題を早期発見する取り組みなど、自分たちにも関係する』と積極的な申し出があり、委員に入ってもらいました」と森さん。
また、行政の中で具体的な対策の実施を担うことになる以下の部署に、オブザーバーとして会議への参加を要請した。

さて、平成26年9月5日、推進計画案を作るための「鳥取県アルコール健康障害対策会議」が編成された。委員の所属団体は次の通り。

鳥取県アルコール健康障害対策会議の様子
  • 青少年・家庭課
  • 医療政策課
  • 健康政策課
  • くらしの安心推進課
  • 各保健所
  • 精神保健福祉センター
  • 教育委員会体育保健課
  • 県警生活安全企画課
  • 消防防災課
  • 教育学術振興課(平成27年度から参加)
  • 県警運転免許課(平成27年度から参加)

推進計画の策定まで

第1回の対策会議(10月2日)では関連問題の現状を共有し、課題を整理した。
第2回(平成27年3月2日)では、県の計画策定にあたっての論点の整理が行なわれた。これをもとに障がい福祉課で計画の素案を作成、各担当課に確認しながら意見をとりまとめ、修正を加えた。
この素案を第3回(9月30日)の会議にかけ、委員が協議。修正意見を踏まえて推進計画案を作成し、第4回(平成28年2月4日)会議での協議を経て固まった。
2月25日~3月10日、パブリックコメント実施。
3月24日に知事の決裁により「鳥取県アルコール健康障害対策推進計画」が策定された。
計画期間は平成28~32年度の5年間。4月からさっそくのスタートである。「国に先駆けて」との知事の宣言通りとなった。

推進計画の内容

推進計画において具体的な取組の冒頭に挙げられているのは「アルコール健康障害支援拠点」の設置である。普及啓発・相談・専門治療まで担うもので、医療福祉センター渡辺病院が指定された。
「依存症治療と地域ネットワークづくりに長年取り組んできた山下陽三診療部長(現・副院長)のもと、渡辺病院が拠点を引き受けてくれたことが何より大きかったです。実は計画の素案を作り上げたあとで国の基本計画案が出され、各都道府県に『相談拠点』『専門医療機関』を定めることが目標とされていました。鳥取県の『支援拠点』はこの2つを兼ねる形となりましたが、むしろ良かったのではないかと思います。精神保健福祉センターでは従来から依存症の相談窓口があり今後も継続しますが、新たな支援拠点では、相談を受けるところで専門治療も提供している。いわばワンストップ・サービスの機能があるわけです」と森さんは話す。
この支援拠点に「相談支援コーディネーター」を配置し、啓発活動、相談対応、関係機関との連絡調整、職場復帰の調整などを行なう。コーディネーターは1名分配置の予算となっているが、実際は渡辺病院勤務の精神保健福祉士・外来看護師・病棟看護師が役割分担して啓発・相談等にあたるという。
対策会議の場で断酒会からの提案があり、加えられたのが「アルコール健康障害普及啓発相談員」だ。当事者・民生委員・保護司などから育成し、地域での普及啓発や相談体制の充実を図るとしている。
また、各圏域で行政・医療・福祉・司法関係者・民間団体等による「ネットワーク研究会」を開催し、事例検討会等を通して対策に取り組むとした。これは、平成12年から県東部における対策の核となってきた「東部地区アルコール関連問題ネットワーク研究会」を西部、中部でもスタートしようというもの。県全体に連携が広がることになる。
そのほか、推進計画の内容から抜粋して紹介しよう。

◆発生予防(1次予防)

  • 小学校~大学において、「相談支援コーディネーター」、「アルコール健康障害普及啓発相談員」、学校薬剤師、自助グループ等の協力を得ながら理解を推進
  • 保護者への啓発
  • 飲酒が睡眠に及ぼす影響について啓発
  • 若者向けのリーフレットを成人式や大学入学式で配布
  • 県民向けフォーラム、「相談支援コーディネーター」による出前講座、研修会、リーフレット、ポスター、動画による啓発 など

◆進行予防(2次予防)

  • 精神科医とかかりつけ医、かかりつけ薬局の連携強化
  • 健康診断や保健指導での早期発見・早期介入、医療機関や自助グループ等との連携
  • 健康診断や保健指導に関わる従事者への研修・教育
  • 運転免許更新を活用した早期発見
  • 市町村が行なう飲酒運転根絶の取組との連携
  • 自死対策との連携
  • 相談窓口の周知と広報、相談機能の強化
  • 各圏域で家族教室を開催、家族支援体制を強化
  • 支援拠点による支援
  • 民生委員、保護司等に対する研修
  • 断酒会、鳥取アディクション連絡会、AA等の民間団体に対する活動支援 など

◆再発予防(3次予防)

  • 精神科医とかかりつけ医、かかりつけ薬局の連携強化
  • アルコール健康障害からの社会復帰支援
  • 支援拠点による支援
  • 民生委員、保護司等に対する研修
  • 断酒会、鳥取アディクション連絡会、AA等の民間団体に対する活動支援 など

他地域へのアドバイス

都道府県推進計画の策定をめざす行政担当者へのアドバイスを、森さんに聞いてみた。

●キーパーソンを作る
アルコール関連問題や専門医療について、信頼して相談できる人とのつながりが不可欠。
「私の場合、県断酒会理事長の杉原雄嗣さんと渡辺病院の山下陽三医師に多くの示唆をいただきました。鳥取大学医学部の尾崎米厚教授にも助けられました」

●委員の人選は大事
都道府県計画を作るための委員会は、多岐にわたる関連問題と、地域で実際に対策が行なわれる場面をイメージし、さまざまな分野の委員で構成する必要がある。
「医療・介護・福祉、受刑者の酒害教育実施機関や出所者の支援機関、そして酒類業者も入ってもらったのは対策を広める上でよかったと思います。さらに充実させるなら、コンビニやスーパーの協会、税務署なども候補になると思います」

●計画作成時に「どの部署がやるか」を想定する
計画の骨子を作る際に「この対策はどの部署で実施することになるか」をしっかり想定し、担当課との刷りあわせを行なうことが欠かせない。
「担当課の意見をとりまとめる作業は非常に大事です。関係しそうな部署にはあらかじめ、会議にオブザーバーとして参加を要請することで、委員のやりとりを通して対策の必要性を実感してもらうことができます」

●計画作成時に予算編成も同時進行させる
計画を即実行に移すためには、予算の確保を同時進行させることが重要。
「3月末に策定された計画を4月から実施するためには、猶予はありませんでした。こんな計画を作る予定なので……と、財政サイドに計画の素案を示しながら予算要求を行ないました」

鳥取県「アルコール健康障害対策事業」平成28年度の主な内容(単位:千円)
区分 内容 予算額
アルコール健康障害支援拠点の設置 支援拠点に「相談支援コーディネーター」を配置。
当事者・家族・かかりつけ医等への助言や相談対応、地域での出前講座。
[委託先:医療福祉センター渡辺病院]
7,186
各保健所圏域における研究会の開催 アルコールをはじめとする各種依存症に関する地域の課題を検討するための関係者会議を開催。 160
啓発フォーラムの開催 基本法やアルコール健康障害について、広く県民に周知するためのフォーラム開催。 4,164
かかりつけ医等の依存症対応力向上事業 一般診療科の医療従事者を対象にした研修。また、一般診療科と精神科の医療従事者による事例検討会を開催し連携手法の検討や情報交換。
[委託先:鳥取県医師会等]
2,158
研修受講 多量飲酒者の飲酒量低減に向けた教育プログラムを実施できる人材を育成する研修に県職員が参加。 384
鳥取県アルコール健康障害対策会議 学識経験者・医師・薬剤師、介護関係機関、民生委員、酒類事業者、行政機関等からなる会議で、県の施策等について諮問、審査を行なう。 504
普及啓発相談員 当事者・民生委員・保護司等から「アルコール健康障害対策普及啓発相談員」を任命。相談対応や普及啓発にあたる。 30
アルコール・薬物関連問題家族教室開催事業 悩んでいる家族に対し、講義と話し合いの場を設ける。
(他事業で実施。予算53万2,000円)
他事業
合計 14,586