【アル法ネットレポート】
保健所中心の連携モデル――愛知県・衣浦東部保健所による地域ネットワーク事業

2015年1回目の推進会議の様子

アルコール健康障害対策推進基本計画では、「回復支援にまでつなげる連携体制の構築」など、地域連携が重要な柱のひとつとされている。連携の中心を担うのは、精神保健福祉センターと、保健所である。

愛知県の衣浦東部保健所が行なってきたアルコール健康障害対策事業は、まさにそのモデルとなる取り組み。関係者会議でも紹介され、警察庁からの視察もあったという。事業の中身について、同保健所「こころの健康推進グループ」杉浦小百合課長補佐にお聞きした。(アル法ネット事務局)

これまでの経緯

愛知県・衣浦東部保健所は、碧南市・刈谷市・安城市・知立市・高浜市・みよし市を管区としている。精神保健福祉法による通報対応では42万の人口を抱える豊田市も担当し、県内の保健所の中で対象人口が最も多い。
同保健所のアルコール健康障害対策事業は、平成23年度に自殺対策推進事業の一つとして始まった。それまで、保健所にメンタルヘルス相談の窓口はあっても、酒害相談件数はゼロ。しかし警察や救急などの現場では、アルコールがらみの事例への対応に苦慮していた。
こうした事例を掘り起こし、連携して対応して断酒・節酒に成功するケースが出てきたことで、関係機関から新たな事例が持ち込まれるようになった。まずはこれまでの経緯を振り返ってみよう。

【平成23年度――問題の共有】
自殺と関係の深いアルコールの問題に関し、精神科病院・救急病院・市・警察・消防・断酒会へのアンケートを行なったところ、改めて問題の深刻さが浮かび上がった。そこで保健所から関係機関に呼びかけて「アルコール健康障害対策地域推進研究会」を開催。
参加機関の中でも、警察と救急病院は特に、アルコールがらみのケースに長年困っていたことがわかった。

【平成24年度――先進地に学ぶ】
前年度に続いて研究会を開催しつつ、地域ネットワークの先進地である三重県四日市市の「四日市アルコールと健康を考えるネットワーク」による取り組みを学んだ。関係機関の間で、連携構築への認識が高まる。
飲酒問題のチェックリストと相談先を載せたリーフレットを作成し事業所や医療機関に配布。

【平成25年度――連携方法を考える】
四日市市のネットワークによる「アルコール救急多機関連携マニュアル」をベースに、地域の実情に合わせたマニュアル作りの検討会を行い、マニュアルを作成。
マニュアル作成は当初、警察・救急・消防への聞き取りが中心だったが、高齢者のケースが多数あったことから地域包括支援センターも加わった。
また、かかりつけ医の意識を高めるため、医師会員向けの研修会を開催した。

【平成26年度――連携を広げる・深める】
研究会に地域包括支援センターも参加を始めた。医師会にも参加を促した。研究会の参加機関の数は、開始した23年度の23機関から、およそ倍の45機関となった。
困難な事例について関係機関が連携して対策をとるための事例検討会もスタート。
前年度のマニュアルを改訂し、かかりつけ医や保健センターなどの役割も新たに追加。
啓発ポスターを作成し、飲食店などに配布。ポスターの新聞掲載で電話相談につながったケースもあった。

【平成27年度――継続可能なしくみ作りへ】
研究会を「アルコール健康障害対策地域推進会議」と改称。有志の集まりというニュアンスがある名称を変更し、より強く参加を促すことが狙い。
高齢ケースが増加傾向にあることから、各市の健康担当課や障害担当課に加えて、高齢福祉担当課にも推進会議への参加を呼びかけた。
事例検討会では、初めてオブザーバー参加を募った。保健センターなどから12名が参加し、対応について学ぶ機会となった。「アルコールの問題は保健所」と一律に分けてしまうのではなく、健康問題の一つとして保健センターでできることをやっていくしくみ作りへの布石である。
平成27年度の推進会議への出席機関数は42で、その内訳は以下である。精神科病院(5)、病院(5)、診療所(0)、消防(2)、警察(2)、断酒会(3)、市役所(11)、地域包括支援センター(8)、医師会(2)、県(1)、その他(3)。

28年度になって、ちょっとした危機が訪れた。事業を担当してきたスタッフ全員が異動となってしまったのだ。
こころの健康推進グループ・杉浦小百合課長補佐は話す。
「スタッフが全員入れ替わって、事業が継続できるのかと不安になりました。でも、かえってよかったのだと考えることにしました。個人の熱意に頼るのではなくシステムとして継続できる体制をつくる、よい機会だと」
推進会議・事例検討会の開催や相談事例を関係機関に割り振るのは、保健所でなければできない役割だ。一方、相談対応や専門医への受診勧奨などについては、各関係機関がそれぞれできる範囲で動いていくことをめざしている。

アルコール健康障害救急医療連携マニュアル

連携マニュアルの中身

25年度に作成され、26年度に改定された「アルコール健康障害救急医療連携マニュアル」は、救急医療にとどまらず、依存症の早期回復や地域の連携を広く扱っている。
救急診療のノウハウやSBIRTの手順などは「四日市アルコールと健康を考えるネットワーク」のマニュアルにならった内容だが、注目すべきは各機関の役割を列挙した部分。行政が主体となっている強みを生かし、一歩踏み込んで関係機関の役割を明確にした。

たとえば「かかりつけ医の役割」には、こうある。

・「危険な飲酒」「アルコール依存症」の患者を発見しその習慣の是正を図ります。是正が困難な場合は、身体疾患の管理を行いながらアルコール専門医に紹介します。

警察官の役割」には、救急現場からの要請に対する迅速な出動に加えて、次のように明記された。

・警察官は、泥酔者による自傷他害を未然に防止するため、「警察官職務執行法第3条」「酒に酔って公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律」に基づき、一時的に泥酔者を保護します。
・警察官は、関わった泥酔者がアルコールの慢性中毒者(アルコール依存症)又はその疑いがあると知った時は、積極的に保健所等に通報し、その後の対応へとつなげます。

地域保健担当課(保健センター)の役割」には、次のような項目も入っている。

・母子保健及び成人保健の事業等において、本人及び家族等からの相談に応じ、問題飲酒があると判断した時は、かかりつけ医やアルコール専門医などの関係機関と連携し適切に対応し、アルコールによるDVや虐待防止の視点で関わります。

このように各機関が「○○します」と宣言する形をとっているのも、各地でマニュアルを作る際に参考となりそうだ。マニュアルは下記よりダウンロードできる。

愛知県衣浦東部保健所「アルコール健康障害救急医療連携マニュアル」

2015年1回目の推進会議の様子

事例検討の大きな効果

26年度に始まった事例検討会は、連携を広げていく大きな力となった。研究会(27年度に推進会議と改称)は参加機関が毎回決まっているが、事例検討はケースごとに関わる参加者が変わってくるからだ。
これまでに生活保護担当課、社会福祉協議会、グループホーム職員、障がい者支援センター、児童相談センター、民生委員、管外の病院スタッフなども参加。27年度には毎回、ケースが居住する市の保健センターから参加があった。
持ち回りで開催することによって、会場となった病院でアルコール問題に関するスタッフの意識が高まったり、他機関との連携がスムーズになるという効果もあった。
当初は個人情報の保護を理由に事例を出さなかった機関も、担当者の働きかけによって組織全体の理解が得られ、事例検討にケースを持ち込むようになったという。

これまでの相談例について、関係機関の関わりを軸にみてみよう。

【ケース1】警察 ⇒ 保健所 ⇒ 地域包括支援センター ⇒ 一般病院 ⇒ 専門病院
妻が飲酒した夫の暴言に悩み、警察へ。
警察署の生活安全課が飲酒問題に関しては保健所に相談するようアドバイスし、同時に保健所に対して支援依頼を行なった。
夫は専門病院への入院を拒否、妻が家を出た。このタイミングに、地域包括支援センターと保健所スタッフが訪問。さりげなく困りごとを聞く中で、妻の家出や酒をやめられず悩んでいる気持ちを引き出した。
夫のかかりつけ病院が「研究会」の参加機関だったため、主治医に介入を依頼。専門病院につながった。

【ケース2】警察 ⇒ 保健所 ⇒ 専門病院・児童相談所・福祉事務所・学校
女性が飲酒して子どもに暴力を振るうのを目撃した知人が110番。
生活安全課が女性の両親に対し、保健所へのアルコール相談をすすめた。
女性は主治医の勧めで入院。その後、児童相談所、生活保護担当者、学校などが連携しつつ対応している。

【ケース3】児童相談所 ⇒ 保健所 ⇒ 福祉事務所・保健センター
子どもはすでに養護施設に保護されている。親に飲酒問題があり、トラブルが起きたことをきっかけに、児童相談所の担当者から保健所に相談が入った。
生活保護の担当者や地域の保健センターとも連携し対応している。

【ケース4】保健所 ⇒ 一般病院 ⇒ 在宅介護支援センター
市の広報に載った啓発記事を見て家族が保健所に相談。
かかりつけ病院は「研究会」の参加機関だったため、ワーカーを通じ主治医の介入によって断酒できた。
高齢のため在宅介護支援センターと連携して断酒継続をサポート。

【ケース5】地域包括支援センター ⇒ 保健所 ⇒ 地域包括支援センター
地域包括支援センターが行なっている訪問栄養指導の際、管理栄養士が60代後半の女性の飲酒問題に気づき、保健所に相談。事例検討の場で対応のノウハウを学んだ。
栄養指導の一環として飲酒量のチェックをし、節酒を提案。「飲酒日記」をつけながら現在も指導を継続中。

【ケース6】断酒会 ⇒ 保健所 ⇒ 地域包括支援センター
64歳男性の飲酒を心配した娘(別居)が、断酒会に相談し、保健所に紹介される。本人は定年後に朝から飲むようになり、食欲低下がみられる。暴言・暴力等はない。
保健師が訪問を開始。当初は飲酒の問題には触れず、関係作りから始めて、本人も訪問を楽しみにするように。
同時に、娘による受診の勧め(心配している気持ちを伝える)をサポート。受診して肝機能の問題を指摘され、節酒を始めたところ、データが改善。身体のすっきり感を味わうことができた。以来、節酒が続いている。
今後のため地域包括支援センターに情報を引き継ぎ。

相談傾向の変化

相談件数は、年々増加している。特に研究会の参加機関数が大幅に増えた平成26年度からの伸びが大きい。

◆相談対応数
相談対応数のグラフ

また、26年度と27年度では、相談の傾向に変化がみられる。
26年度は警察からのケースが4割近くを占めた。一方、27年度は高齢者関係の機関との連携が深まったことから、地域包括支援センターやケアマネからの事例が増加。また、これまでの啓発活動(リーフレット、ポスター、チラシ、新聞や市の広報)により家族からの相談も増えた。

◆相談の把握経路
【平成26年度】【平成27年度】
警察15家族12
一般病院6地域包括支援センター8
市役所5警察8
家族3ケアマネージャー4
本人2児童相談所2
精神科病院2その他9
地域包括支援センター2
児童相談センター1
消防局1
不明3

相談経路の変化にともなって、内容にも変化がみられる。
26年度は暴言・暴力に加え自殺企図や放火など緊急性の高いものも多い。対応の結果、断酒・節酒に至った割合は4割強にのぼる。
27年度の場合、断酒・節酒に至った割合は2割強。警察がからむような派手な問題行動がなく「静かに飲んでいるケース」は、介入のチャンスをつかみにくい面があるのだ。
「すぐに結果が出なくても、関係を切らずにチャンスを待つこと。それを関係機関のスタッフに知ってもらうため、【ケース6】を事例検討会で共有しました」と杉浦さん。

◆困りごとの上位(複数回答あり)
【平成26年度】【平成27年度】
暴言12件暴言16件
暴力12件暴力12件
栄養不足4件受診拒否7件
物忘れ3件飲酒運転4件
自殺(念慮・企図・未遂)3件物忘れ3件
放火2件食欲低下2件
無職2件
嫉妬妄想2件
失禁2件
頻回受診2件

他地域へのアドバイス

連携を作るために必要なことを聞いてみた。

●専門医療機関とのつながり
対策を一緒に考えてくれ、何かあったときいつでも相談できる専門医療機関の存在は欠かせない。
「もし現在、そうしたつながりがない場合は、退院して地域に戻った患者さんの状況を病院にフィードバックするなど、具体的な連携を育てることが効果的だと思います」

●成功例の積み重ね
対応が成功したケースを共有することで、皆のやる気が高まる。相談も積極的に持ち込まれるようになり、連携が広がっていく。事例検討はその意味でも重要だ。
「自分が出した事例で、対応についてあれこれ批判されたら、悲しくなりますよね。当保健所の事例検討会では、専門病院スタッフが『それでいい』『よくやっている』という前提で進行してくれたことがよかったです。もうちょっとがんばろう、と元気になれる。その事例を抱えている人の負担感が減って、気づきをもらえる場になっています」

●一歩ずつ進める
連携に積極的な機関ばかりとは限らない。粘り強くつながりを作ることが大切だ。
「マニュアル作成時、役割を明文化しにくかった機関もありました。連携の効果が徐々に見えてきて、みんなでやっていこうという空気が生まれたために、翌年の改定時には連携の合意がとりつけられたのです」