アルコール関連問題を正しく理解しよう

飲酒問題は、飲酒者本人にダメージを与えるだけでなく、家族や社会に大きな影響を及ぼしている。 多岐にわたる「アルコール関連問題」の全貌を以下に列挙した。
これらの問題はどれも、お酒の飲み方を変えないかぎり、周囲を巻き込みながら複合し増大する。そして、死に至らしめるほどの破壊的なパワーを持つ。 しかし、そのことは、一般には認識されていないことが多い。
けれども、関係機関の連携によって根本にあるアルコール問題に対する早期の介入・援助が行なわれれば、関連する多くの病気の回復や問題の改善・解決を図ることができる。 さらに、アルコールについての正しい知識を広めたり、広告・販売などに適切な社会規制を行なうことで、予防を図ることが可能なのだ。WHO世界戦略はこれを目指している。

文責:ASK

日本のアルコール関連問題の規模

問題飲酒者に関する人口推計

2013年 厚労省研究班

  男性 女性 総計
一時多量飲酒者
(飲酒する日に純アルコール60g以上がこの30日に1度でもある)
1,536万人 394万人 1,930万人
リスクの高い飲酒者
(1日平均男性40g以上、女性20g以上)
726万人 310万人 1,036万人
問題飲酒者(AUDIT12点以上) 516万人 77万人 593万人
アルコール依存症者の疑い(AUDIT15点以上) 256万人 36万人 292万人
ICD-10診断基準によるアルコール依存症生涯経験者 94万人 13万人 107万人
※2019年5月にデータを差し替えました(鳥取大学 尾崎米厚教授提供)。
以前のデータとの違いは以下です。
1.以前のデータは2012年日本人口統計をもとに年齢調整して算出したものですが、差し替えデータは2013年人口統計をもとにしています。

2008年 厚労省研究班
  男性 女性 総計
疾病単位ごとのアルコール寄与率を用いた
アルコールによる年間死亡数の推計
(2008年の人口動態統計を使用)
23,583人 11,405人 34,988人
総死亡数の3.1%

社会的損失

アルコールの飲み過ぎによる社会的損失は年間4兆1483億円に達する、という厚生労働省研究班の推計がある。 2008年のデータを基にした推計で、内訳は、肝臓病・脳卒中・がんなど飲み過ぎによる病気やけがの治療に1兆226億円。 病気や死亡による労働損失と、生産性の低下などの雇用損失を合わせて3兆947億円。 自動車事故・犯罪・社会保障などに約283億円。
そもそも日本では基礎データがとられていないために積算できない問題もあるし、家庭崩壊や子どもへの影響など金額に換算しにくい問題も多い。 この数字は日本のアルコール関連問題の全貌ではなく、ごく一部を金額に換算したものと考えてほしい。

本人の身体への影響

臓器障害

アルコールによる臓器障害の代表格は肝臓疾患。 しかし、実際には肝臓だけでなく、脳・口腔・歯・食道・胃・十二指腸・小腸・大腸・すい臓・心臓・血管・骨……体中が障害を受ける。 一般病院に入院中の患者のうち2割以上が、飲酒が原因で発病または病気を悪化させていたとの調査もある。
しかし、痛んだ臓器を治療するだけでは解決にはならない。 元気になり「飲める体」に戻って、また以前と同じように飲み出せば、元の木阿弥だからだ。
医療費を抑制するためには、内科での節酒・禁酒指導はもとより、アルコール依存症を早期発見して専門医療につなげる介入システムが欠かせない

生活習慣病

高血圧、高脂血症、肥満、糖尿病、痛風などは、飲酒者にきわめて多い生活習慣病だ。 処方された薬を飲み続けても、飲酒習慣を改めなければ快方に向かう可能性は薄い。
「保健指導」の中で介入を行ない、節酒・禁酒指導を行なうとともに、アルコール依存症が疑われる場合は専門医療につなげる対策が不可欠である。

がん

アルコールは、発がん物質の「運び屋」となるだけでなく、アルコールそのものにも発がん性がある。 また、飲むと赤くなるタイプの人は、アルコールの処理過程でできる毒性の高い「アセトアルデヒド」を代謝する酵素が働きにくく、このアセトアルデヒドの発がん性が加わって、トリプルパンチになる。WHOは、飲酒が原因となるがんとして、口腔・咽頭・喉頭・食道・肝臓・大腸の各がんと女性の乳がんを挙げている。
がんの予防にアルコール対策は欠かせない。
口腔・咽頭・喉頭・食道・肝臓がんになるリスクは、1日3単位以上の飲酒者で時々飲む人(※)の6.1倍。
※時々飲む人=月1~3回飲む人

急性アルコール中毒

一度に大量のアルコールを飲むと、体内でのアルコール濃度が一気に高まり、急性アルコール中毒となる。脳の機能マヒが進んで「昏睡」に至れば、死と紙一重だ。 特に「イッキ飲み」は危ない。急性アルコール中毒やそれに伴う吐物吸引などで若者が命を失うケースが相次いでいる。 若者への啓発、大学での踏み込んだ対策、飲食店でイッキ飲みをするグループや酩酊者にはアルコールを提供しないなどの取り組みが必要だ。
一方で、特定の酩酊者に救急医療が翻弄される問題も起きている。 その背景にはアルコール依存症がある可能性が高い。 鍵になるのは、救急・警察と専門医療との地域連携である。

外傷など

酩酊状態になった飲酒者は、足下がふらつき、転倒するなどして頭部外傷のリスクが高まる。 飲酒時の頭部外傷は「脳浮腫」を招きやすく、死のリスクを高めることが指摘されている。 また酔った勢いでけんかになり、負傷したりさせたりすることもある。 このほか川に転落したり、路上で寝込んでいて車にひかれたり、ホームから線路に落ちて命を失うケースも後を絶たない。 寝たばこによる火災も、酩酊状態で起きることが多いとみられている。
救急・外科・リハビリから、アルコール問題に介入する試みが必要である。

本人のこころへの影響

アルコール依存症

アルコールは、依存性をもつ薬物。習慣的に使用していれば、誰でもアルコール依存症になるリスクがある。 飲酒への抑制がきかなくなり、意志や性格とは関わりなく、飲んではいけない状況で飲んでしまったり、いったん飲み始めると酔いつぶれるまで飲んでしまう。 やっかいなのは、本人が自分の飲酒問題にうすうす気づいていても、否認し、助けを求めないというこの病気の特徴である。 もし、飲みすぎによる病気や問題が繰り返されているとしたら、背景にアルコール依存症が隠れていると考え、周囲から介入する必要がある。
アルコール依存症は、専門治療と援助、自助グループへの参加によって、回復と社会復帰が可能な病気である。 しかし、厚生労働省の患者調査によると、アルコール依存症の受診患者数は4万人超。 ICD-10の基準に合致するアルコール依存症者(80万人)の5%ほどでしかない。 女性と高齢者の依存症が増えている現状もある。
依存症への誤解と偏見を正し、介入・治療の方法を広め、家族の相談・援助の受け皿を増やし、回復のための社会資源の充実を図る必要がある。

うつ病

ストレス解消というと、飲酒をあげる人が多い。 アルコールは少量であれば理性の抑制が外れて、気分が高揚し憂いが晴れたと錯覚する。 その効果を求め、酔いでつらさを紛らわしていると、依存にはまりやすい。
精神科を受診しているうつ病患者の調査では、40~50代男性患者の3割以上が飲酒問題を抱えていた。 一方、アルコール依存症者の3割は、うつ病を合併しているという研究もある。 つまり、実はアルコール依存症になっているのに、うつとしての治療のみが行なわれているケースが相当数あるのだ。
一般精神科、職場のメンタルヘルスに関わる専門職に、アルコール依存症の正しい知識と対応のしかたを知ってもらう必要がある。

睡眠障害

日本では、眠れないときには酒を飲むという人が多い。 睡眠薬よりも手近で危険がないと思われているためだ。 眠れないからと酒に頼ると、それが習慣化し、酒量が増えていく。 寝酒は、深い睡眠を減らし中途覚醒を増やすなど睡眠の質を悪化させるため、疲れが取れず、心身のバランスを崩すという悪循環に陥りやすい。 結果的に、睡眠障害はさらに悪化してしまう。アルコール依存症への直線コースでもある。
アルコールの睡眠への害について啓発し、飲酒に頼らない安眠法を知らせる必要がある。

自殺

自殺のリスクを非常に高めるのが、うつ病とアルコールの合体である。 自殺既遂者の2割以上がアルコール関連問題を抱えており、それが40~50代の仕事を持つ男性に集中していたことが明らかになっている。 まさに自殺増加の中心層と一致する。「アルコール・うつ・自殺」は「死のトライアングル」なのだ。
海外の調査では、自殺未遂者の46~77%、既遂者では33~59%に、飲酒を示すアルコールの血中濃度上昇が認められている。
自殺対策の中にアルコールの啓発を組み込む必要がある。

認知症

施設に入所している認知症の高齢者の29%は大量飲酒が原因という調査がある。 また、大量飲酒の経験がある高齢男性は、認知症になるリスクが、4.6倍高まるという研究もある。 アルコール依存症や大量飲酒者には脳の萎縮がみられ、飲酒量が多いほど萎縮の程度は重篤になるが、断酒によって改善することも知られている。
認知症予防にも、節酒・断酒は大きな効果をあげるのだ。

家族への影響

配偶者への暴力(DV)

飲酒問題のある夫に酒を飲ませまいとする妻に対し、夫が暴力で支配しようとするケースはきわめて多い。 また、酒に酔って暴力をふるう酒乱型もあり、深刻なDVの32%は飲酒時に起きているという研究もある。 一方、刑事処分を受けたDV事例の67.2%が、犯行時に飲酒していたという報告もある。DV殺人という痛ましい事件も起きている。
こうした暴力・暴言はもちろんのこと、飲酒に伴う数々の問題によって、配偶者は心身に多大な負担を受ける。 家族の相談の受け皿を充実させるとともに、女性センターやシェルターなどDV被害者支援に取り組むスタッフがアルコール問題の知識を持つことが欠かせない。

子どもの虐待

酔って暴力をふるうという身体的虐待だけでなく、心理的虐待にも親のアルコール問題は大きな影を落としている。 昼間は温厚な父親が夜になると酔って暴言を繰り返す姿は、子どもにとって恐怖だ。親の二面性を見ること自体、子どもには大きな混乱と不安を呼び起こす。 また、母親が依存症の場合には、ネグレクト(育児放棄)が起きやすい。 AC(アルコール依存症家庭で育った人)が、さまざまな生きにくさを抱えやすいと言われるのも、こうした背景がある。
子どもの安全の確保と心のケアが図られなければならない。 その際には、アルコール依存症という病気について子どもが理解できるように伝える必要がある。 子どもは「自分が悪い子だから親が酒を飲む」と思いこみがちだからだ。 もちろん親のアルコール問題への介入も欠かせない。 児童相談所、保健所、家庭裁判所、その他虐待に関わる援助者にはアルコール問題の知識が必須である。

家庭崩壊

飲酒をめぐる家庭内のいさかい、酔った上での暴力、借金や仕事上の問題、異性問題など、数々のトラブルから離婚につながることも多い。 家族全体が傷ついて崩壊していくことに、アルコールは深く関与している。
家庭裁判所調査官、弁護士、福祉事務所の職員など、家庭の問題に関わる人々が、アルコール依存症と家族についての知識を身につけていることが望ましい。 援助のネットワークが広がることで家族にとっての選択肢も増える。

胎児・乳児への影響

妊娠・授乳中の母親が摂取したアルコールは、胎児・乳児の発達に悪影響を及ぼす可能性があることが知られている。 特に妊娠初期の飲酒は、発育の遅れや奇形、中枢神経の問題からくる行動障害など「胎児性アルコール症候群(FAS)」につながるリスクが高い。 また妊娠中のどの時期であっても脳に影響を及ぼし「胎児性アルコール・スペクトラム障害(FASD)」を引き起こすリスクがある。 妊娠中の飲酒は、ADHDの原因の1つにもあげられている。しかし、日本ではこの問題についての実態把握がされていない。
日本では1970年代後半から女性の飲酒率が急上昇。 2008年には男性83.1%に対して女性60.9%に。20代前半では、男性83.5%に対して、女性90.4%と、男女の割合が逆転している。 出産適齢期にある若い女性への啓発が急務である。 女性は男性よりアルコールの害を受けやすく、短期間で依存症や肝臓病になることも知らせなければならない。 同時に、アルコールによる胎児性障害の実態把握と、困難な子育てへの支援も重要。

介護問題

定年後に飲酒問題が進行してアルコール依存症となるケースも多く、高齢者のアルコール問題が増加している。 「仕事と酒」の人生を送ってきた人から仕事を抜けば酒だけになってしまう。 配偶者の死をきっかけに酒びたりになるケースもある。
アルコールは高齢者虐待の背景ともなっている。 要介護で飲酒問題を繰り返す人に振り回され、家族も、ヘルパーなど周辺の支援者も、疲れ果ててしまうのだ。 居宅介護に従事する介護支援専門員、介護員等を対象にした調査で、8割が利用者のアルコール問題に遭遇しているという数字もある。 介護職への研修が欠かせない。
また、定年後の飲酒問題を防ぐためには、在職中から趣味や生きがい、地域や家族とのつながりを持ち、多量飲酒の習慣を改める必要がある。

世代連鎖

父親に飲酒問題がある家庭に育った男性は、成人後に飲酒問題を抱えるリスクが高いことが数々の調査で指摘されている。 これは遺伝的な背景だけでなく、「何が起きても酒」という不適切なストレス対処行動を学習することや、健康な感情表現・コミュニケーションのモデルが得られないことなど、環境による影響も大きいと言われる。
次世代のためにも、飲酒問題への早期介入や依存症についての啓発、予防のためのライフスキル教育が望まれる。

地域社会への影響

飲酒運転

厳罰化にもかかわらず頻発する飲酒運転の背景に、アルコール依存症や多量飲酒が存在することは間違いない。 飲酒運転検挙経験者の男性47.2%、女性38.9%にアルコール依存症の疑いがありというデータもある。
内閣府に関連省庁を集めた常習飲酒運転者対策会議ができたことをきっかけに、警察庁はアルコール専門医療との連携を深め、違反者講習にアルコール問題の簡易介入と節酒指導を導入することを決めた。 刑務所では酒害教育、依存症プログラムが始まり、自助グループやリハビリ施設との連携も広がっている。 国交省がアルコール検知器を義務化、NPOによる「飲酒運転防止インストラクター養成講座」には運輸企業からの応募が増えている。
飲酒運転対策は、異業種間の連携によって対策が進めるモデルとなりうる。

生産性の低下

依存症者の多くは、もともとは「仕事人間」で人並み以上に働こうとする傾向がある。いわば「仕事と酒」のパターンだ。 しかしアルコールへの依存が進行すると能力が低下し、仕事上のミスが頻発したり、安全にかかわる重大な事故を招くこともある。 また、長期の病気休暇を繰り返すことによる社会的損失も無視できない。
飲酒に甘い職場風土、「飲みニケーション」の中で多量飲酒の習慣が醸成される企業文化を変えていく必要がある。 合わせて、企業のメンタルヘルス対策の中に、うつだけでなく依存症の早期発見と介入を位置づける必要がある。

失業問題

飲酒による遅刻・欠勤、仕事上の約束を忘れる、ミスが重なる、重大な失敗をおかすなど業務上の問題や、周囲との人間関係トラブルにより、問題飲酒者は信用を失い、失職にもつながりやすい。 飲酒運転も、失職につながる原因のひとつ。 もし転職ができたとしても、根本の問題に介入が行なわれないかぎり、次の職場で同じことを繰り返す可能性が高い。
職場の人事に関わる担当者がアルコール問題の知識を身につけ、解雇に至る前に治療についての情報を与えて選択をうながす場を設けることが望ましい。

貧困問題

失業や、飲酒に伴う生活全般の乱れ、借金などで、いったん生活が困窮すると、こうしたストレスがさらに飲酒問題に拍車をかけることになりやすい。 依存症による価値観の変化で飲み続けることが最優先となっているため、酔いによって現実の問題と向き合うことができず、適切な介入がなければ、貧困から脱出する手がかりを得にくい。 アルコールは、貧困が再生産される背景のひとつでもある。
福祉事務所、更生施設、自立支援センターなど、関係機関と連携した地域ネットワークの構築が必要である。

さまざまな犯罪

飲酒運転やDV以外にも、アルコールはさまざまな犯罪の背景となる。 酔って口論の末にケンカするなどの事件もあれば、駅や交通機関内での暴力行為、無銭飲食や窃盗などの軽犯罪もある。 犯罪白書によると、50代男性の窃盗の23%、万引きの再犯の26%が過度の飲酒を背景としている。
アルコール問題への介入が行われないと再犯が繰り返される。 各地の刑務所では近年、受刑者を対象にアルコール教育プログラムを実施するところも出てきている。 アルコール関連問題への対策が進むことは、犯罪の抑止にもつながる。

未成年飲酒

未成年者の飲酒は、1996年から4年ごとに全国調査が行なわれており、減少傾向にあることがわかっている。 しかし、男子に比べ女子の減少幅は小さく、飲酒経験率は女子(中学41.9%、高校63.2%)が男子(中学38.4%、高校59.6%)を上回る逆転現状が起きている。 これには、女性向けのCMが展開されている果物味の甘いお酒の流行や母親の飲酒率の増加による影響が指摘されている。
また、中学生を10年間追跡した調査により、問題飲酒に関連する因子は「中学で飲酒経験あり」「親がよく飲む」の2点であることがわかった。 「子どもの初飲年齢をできるだけ上げること」「成人の多量飲酒者を減らすこと」が、将来の問題飲酒を低減するのだ。
学校教育では、薬物・タバコに比べアルコールは軽視される傾向がある。 学校でのアルコール予防教育の強化と保護者への啓発、コンビニなどの販売店対策が欠かせない。

アルハラ

年に数回の祭事でともに酒を酌み交わし、連帯感を強める風習が日本にはある。 それが現代にも引き継がれ、飲酒をめぐる人権侵害を引き起こしている。 それは、アルコール・ハラスメント(アルハラ)と呼ばれる。 具体的には、「飲酒の強要」「イッキ飲ませ」「酔いつぶし」「飲めない人・飲まない人への配慮を欠くこと」「酔ってからむこと」などをさし、2011年までの10年間に少なくとも19人の大学生が亡くなっている。
飲酒の強要・酩酊しての暴言暴力やセクハラなどの被害者数は、3000万人を超えるという報告もある。
飲酒をしない自由を認める社会にする必要がある。アルコールをめぐる体質の違いや、アルコールの作用について、正しい知識の普及が欠かせない。

医療費の増大・医療・福祉スタッフの疲弊

生活習慣病や臓器疾患、がん、外傷、うつ病などでの精神科治療を含め、アルコール問題は医療経済を圧迫する大きな要因のひとつとなっている。 救急医療崩壊が叫ばれて久しいが、近年、救急医療に携わるスタッフが疲弊する原因のひとつとして、急性アルコール中毒やアルコール関連疾患による搬送患者の問題が浮上している。 「依存症を発症してから専門治療にたどりつくまで7.4年かかっていた」との患者調査もある。
早期介入が進まなければ、事態は改善しない。簡易介入の手法を広めるとともに、地域ネットワークの構築が急務である。

日本のアルコール健康政策

日本のアルコール関連問題対策は、1985年の公衆衛生審議会答申「わが国のアルコール関連問題対策に関する意見」に始まったと言ってよい。 このとき初めて、疾病対策を越えて予防という概念が導入され、酒類自動販売機やCMの規制についても言及された。

1991年にWHOの「アルコール関連問題国際専門家会議」が東京で開催され、最終日には加盟国への勧告が出された。 勧告には、アルコール対策には「教育的・法的・技術的」な多くの戦略が必要であると述べられており、法的なコントロールの手段としては、1)最低飲酒年齢を定めること、2)価格・酒税の引き上げ、3)入手方法などの規制(自動販売機の禁止など)、が提案された。 世界的にみて屋外に酒類自動販売機が設置されている国は日本をおいてなく、この部分は日本政府に向けた勧告ともとれるものだった。

これを受け、公衆衛生審議会は1993年、「今後におけるアルコール関連問題予防対策について」を提言。 「アルコール関連問題対策のうち、特に、予防対策に一層の力点を置くことが必要であり、その推進のためには、健康教育等による個人の自覚・努力はもとより、社会環境を整備する必要があり、国民全体の参加、特にアルコール飲料の製造、販売料飲店等における提供に関わるものの参加が重要である」と述べている。 具体的には、1)健康教育・健康相談の充実、2)未成年者飲酒禁止法の趣旨の徹底、3)アルコール飲料の販売・提供面からの効果的対策の3者を、相互の連携を図りながら、アルコール関連問題予防対策として、関係省庁の協力に基づき総合的に検討、実施していくことが重要、としている。 そして、自動販売機については「一定の移行期間を設けて撤廃する方向で検討すべき」と明記した。

その後、自販機については1994年の中央酒類審議会報告で撤廃の方向が打ち出され、1995年に全国小売酒販組合中央会が5年後の自主撤廃を決議。 以後、設置店には説得を続けており、かつて20万台あった自販機は2011年には7,688台まで減った。(国税庁/酒類自動販売機の設置状況

2000年には、酒類に係る社会的規制等関係省庁等連絡協議会から、「未成年者の飲酒防止等対策及び酒類販売の公正な取引環境の整備に関する施策大綱」も出されている。

一方、厚生労働省は2000年から12年計画で「健康日本21」をスタート。 これは、壮年期死亡の減少、健康寿命の延伸及び生活の質の向上を目指した国民的健康運動で、アルコールは重点9項目の1つになっており、達成されるべき目標が設定されている。 それは、2000年の基準値に比べて2012年までに、1)多量飲酒者の割合を20%削減する、2)未成年者の飲酒を2012年までにゼロにする、3)節度ある適度な飲酒をすべての国民に理解してもらう、の3つである。 PDFファイル2011年の最終評価で、2)はB(目標値に達していないが改善傾向にある)、1)と3)はC(変わらない)という評価が出ている。